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清里町そば生産組合

清里町そば生産組合


代表 勝又武司さん



 清里町そば生産組合代表を務める勝又武司さんはたいへん多忙な方であるが、それもそのはずだ。彼は28haの畑で畑作三品(麦類、馬鈴薯、甜菜)と蕎麦などを生産する農家でありながら、その蕎麦を製粉する工場の代表も務め、さらには手打ちの味を知ってもらうために開業したという蕎麦屋の職人でもあるからだ。彼はまた、蕎麦打ちの同好会やイベントなども開いており、地域をあげた取り組みを主導している。
 我々が取材に伺ったとき、彼はまだ店から離れた場所にあるという畑で作業をしていた。思っていたとおりの多忙ぶりだ。ようやく店に現れたと思ったら早速蕎麦を打ち始め、我々に言った。「少し遅れちゃったんで、打ちながら話しましょう。」
 是非とも想像してもらいたい。商売のために蕎麦を打っている最中の人にビデオカメラとICレコーダーを向けながらインタビューをすることがどれだけの恐縮ものなのかということを。その状況は、完全に仕事の邪魔となっている。それでも蕎麦打ちの傍らでご自身の話をしてくださる彼は寛大な方だ。そしてなにより器用な方だ。


〜蕎麦づくりのきっかけ〜
 
 現在、勝又さんの代名詞ともなっている蕎麦づくりは平成元年に始まったが、当初は生産したものを製粉工場に卸すだけでそれ以上のことはしていなかった。しかし品質の向上を目指す上ではやはり自分たちの蕎麦の味を知る必要があったという。「自分たちで食べないことには、自分たちのやっていることの価値がわからないと思った。」
 平成3年頃、もともと蕎麦生産のきっかけでもあった本州の有名な蕎麦打ち職人との交流がより深まり、栽培から粉挽き、打ち方を直接指導してもらうようになった。彼はここで得た経験を活かし、平成11年には組合の仲間8人で製粉工場「一茶」を立ち上げ、平成16年には、蕎麦屋「秀峰庵」を開業した。?



?〜一番辛いのは反応がないこと〜
 
 勝又さんは、蕎麦屋を始めて消費者の声が聞こえるようになったことは嬉しく、また農作業をする上での糧にもなっているという。今の仕事をしていて一番楽しいことはそういったところにあるそうだ。
 一方で仕事の辛い部分については、「もう何十年もやってきているから特に辛いことなんて。」と、頼もしかったが、農家に対する評価の仕組みについては思うところがあるという。「蕎麦屋をやっていればお客さんの声が聞こえるけど、農家としての取り組みをちゃんと評価してくれる仕組みが成されていて、次に向けての生産意欲が生み出されるような農業の政策であって欲しいと思う。」
 農家にとって一番辛いのは、作ったものが低評価されることではなく、何の反応もないことであるそうだ。
 また、後継者の問題については「うちは娘しかいないから、婿さんでももらわない限り、離農予備軍。うちに限らず、跡取りのいない農家は今後の経営が厳しい。」と、深刻そうだった。
 ところで彼は、この地域の離農について、年間3戸がやめていく想定を立てずにはいられないという。実際にそうなれば一戸あたりの畑はどんどん大きくなって、農業はこれまで以上に大規模になっていく。「そういった畑作三品延長型の農業が本当にいいことなのか、分らない。」大規模であることだけが農業の本質であるのか、彼は疑問を抱いていた。

〜これからの農業に望むこと、チャレンジしたいこと〜
 
 「今の日本は、とんでもない時期はずれの野菜も輸入してまで手に入るようになってしまったけど、基本的に美味しい物っていうのは作っている現場に行かない限り食べられないと思っている。僕らの強みはそこにこそあるはずで、田舎の農業でも太刀打ちできるやり方はきっとあると思うし、していかなくちゃならない。」勝又さんは、これから自分たちの農業が向かうべき方向について力強く語ってくれた。
 昔から興味があったという農業の法人化は、そのひとつの方法として、チャンスがあればチャレンジしたいという。「人を雇って収益性の上がる作物に取り組んでいけば新たな道が開けるかもしれない。」「自分はもうすぐ引退の年齢だけど、農業で生きてきた人間だから死ぬまで農業とは関わっていきたい。法人化という方法をとれば、まだ近くにいられるかもしれないから。」
 彼はこれまでに様々な取り組みをしてきたが、あくまでも農業者であり続けるつもりだ。


〜新しく農業を志す人に対して〜
 
 今でこそ農業に対する情熱は人一倍大きな勝又さんであるが、農家としてスタートした当初は違ったらしい。「僕らの年代は、農家の長男が跡を継ぐのは当たり前っていう感覚があったけど、正直言って最初は農業が好きじゃなくて、ひとつの宿命だった。」と語った。先祖代々守られてきた土地を利用して仕事をするときに、小さい頃から親にすりこまれて来たことが、ある種の束縛になっていたというのだ。いわば規制された農業経営のルールの中で、冒険が出来ないことが少し歯痒かったということかもしれない。
 「でも新規就農の人っていうのは、そういったしがらみが一切なく始められるから、僕らとは違うような感覚で農業ができるんじゃないかなと思う。新種のそういった人達に期待したい部分もある。」と、農業に興味のある人を歓迎してくれる様子を示した。
 彼のような人がサポートしてくれるような環境であれば、新規就農者も本当に心強い限りだろうと思う。こんな敏腕家のそばで仕事をしてみたいと思うのは筆者だけだろうか。


編集者 石田貴久


コメント
from: 亀田昭二   2018/01/09 1:26 PM
そば粉に付いてお尋ねします。
秀峰庵あてに度々電話しても通じませんが…。
自家用そば粉を少々買おうと思いますが、連絡先を教えて下さい。ちなみに、この番号にかけても通じません。
0152−26−2968. 厚岸町 亀田
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